これは原形となる話が、江戸時代から存在している。もしかしたら、さらにもっと前から存在しているかもしれない、そんな話です。おそらくタクシーの話は誰もが聞いたことがあるのではないでしょうか。
消えた乗客
ひどい雨だった。深夜だと言うのに、バケツをひっくり返したような雨が降っている。
「今日はこれで終いかな」タクシー運転手は独り言ちた。
なぜなら終電は既に走り終えていて、新たにホームから乗客は出てこないのだ。運良く一人乗せることができたが、もう水揚げは期待できない。
駅に帰っても、この雨の中では、ロータリーでほかの運転手と外に出て話すこともままらない。
どうしたもんか、頭を抱えていると、ふと手を上げる女性の姿が。
「うそだろ、傘も差さず」一瞬座席が濡れることを考えて通り過ぎようかとも思ったが、運転手は女性を乗せた。同じ位の娘がいるのだ「傘も差さずに探したの? 風邪引いちゃうよ」と運転手は声をかけながら、可愛い猫の刺繍がはいったタオルを差し出した。
「……ありがとうございます。あの……●●小学校の側に行って貰えますか」女性は弱々しい声で告げた。
タクシーは走り出した。バックミラーで女性の姿を確認すると、俯いたままで、ひどく落ち込んでいるようにも見える。運転手は声をかけようとも思ったが、こういう場合は向こうから話しかけてくるまで待とう、とそのまま走らせた。
小学校の近くにくると、女性は、そこの路地を右に、突き当たりの赤い屋根の家です。と告げた。
運転手が指示と通り車を進めると、確かに言われた通りの家があった。
「着きましたよ、お金は3000円」
「すみません、母に言って貰ってください」
「はい?お母さん?」運転手は怪訝そうに訪ねながら振り返る。先ほどまで席にいた女性がいない。しかし座席は濡れたままだ。渡していたタオルもない。ドアは開いていない。「消えた?」
あたりを見回したが、女性らしき姿は見えない。ただ赤い屋根の家の一階は電気がついていた。
「ええい、ままよ」運転手は車から降りて、赤い屋根の家のチャイムを鳴らす、するとすぐに先ほどとは違う女性が応対してくれた。「あの、今お宅の娘さんを乗せてきたのですが」
対応してくれた女性は、すぐお持ちします、と言いインターホンを切った。
玄関が開かれ、初老の女性が顔を出した。あの子ったら、すみません、夜分遅く。と頭を下げながら、茶封筒に入ったお金を差し出す。
「……あの、大したもんじゃないのですが、タオルを返して頂けないでしょうか」渡していたタオルもなくなっていた。たかがタオル。しかし、家族から貰ったタオルだったのだ。
母親は困った顔を浮かべたが、どうぞこちらへ、と運転手を中に案内した。運転手は、いや此処で待ってますので、と断ったが、無言のまま手招きをされ、仕方なしに上がった。
「どういうことですか……?」運転手はがく然とした。案内された居間には仏壇が一つ。写真には先ほどまで乗せていた女性が映っている。
「あぁ、あったわ」仏壇の前に置かれた黒いバッグを母親が漁るとタオルが出てきた。「娘は数年前、事故で亡くなってしまって。こんな雨の日でした。それから、死んだ時期に深夜に雨が降ると、今日みたいなことがありまして」母親はにっこりと笑いながらタオルを運転手に渡した。
「でも、タオルを貸してくれたのは初めてでした」
不思議とタオルは乾いており、優しい香りが漂っていた。
まとめ
民俗学者のジャン・ハロルド・ブルンヴァン氏の書籍「消えるヒッチハイカー」でも取り上げられている都市伝説で、アメリカではヒッチハイクで乗せた人間が消えると言う内容でした。書籍では、日本人と思われる人物が韓国のタクシー話しとして、1941年ごろに既に紹介したような内容の都市伝説を聞いていたとのこと。
時代背景によって内容が合うように移り変わるのが都市伝説の特徴でもあって、日本などではヒッチハイクと言う文化よりタクシーのが合ったのだろう。
これらは「車」が発明されて普及されてからの伝説だが、それ以前はどうだったのだろうか。書籍では、1890年ごろに死人が牧師に会いに行った、と言う話しがあったそうだ。教師が聖体(聖餐式(ミサ)で聖別されたパンとぶどう酒)を依頼されて持っていくと依頼した人間は既に死んでいた、と言う話し。
ただ、江戸時代の日本の怪談集『諸国百物語』にも同じような話しがある。
「十七 熊本主理が下女きくが亡魂の事」 に 馬子(駄馬を引いて人や荷物を運ぶのを業とする人。馬方)がお金を取りに行った女が出てこないので、「お金を渡せ」と言うが、家のものは「誰も馬なんて乗っていない」と言う。悶着を起こしていると、家を切り盛りしている人間がでてきて「いつもの菊(既に死んでいる女性)が乗ってきたのだ、お金を払ってやれ」と言うシーンがある。
確かにこちらの方が原形としては酷似している気がする。
ただ、もしかしたら外国でも乗り物にまつわる都市伝説としてこれより前の話しがあるかもしれない。
仮に『諸国百物語』が原形だとしても、1677年と約350年前。文明が発達しても、得体のしれない恐怖などに対して人間は何も変わっていないのかもしれないですね。
おすすめの書籍
都市伝説の話しを読みたいなら、日本人なら、松山ひろし氏の書籍が面白いと思います。
昔webサイト「現代奇談」を良く読んでいました。そちらのサイトは閉鎖されてしまっていますが、書籍がいくつかでているのでオススメです。
民族学的に学びたい場合は、ジャン・ハロルド・ブルンヴァン氏の書籍が面白いのですが、日本語のKindle本や、そもそも書籍も手に入り辛いのが残念。もし、興味があったら古本などで探して購入してみても面白いと思います。